年がばれますが、私の競馬プロフィールを何回かに分けて書きたいと思います。私事ですが何か参考になることでもあれば幸いです。ーそんなもの無いか。
私の競馬との出会いは、本当に昔のテレビの観戦でいえばハイセイコーなのですが、(小学生でした)本当に競馬を生で感じたのは大学のときで、昭和57年に東京競馬場でジュース屋のバイトをした時です。当時私は府中に住んでいて、地元の友人の紹介でしばらくアルバイトをしていました。その時の競馬場は若い女性客などはいないに等しいくらいで、たま〜に家族連れがいるくらいでした。ジュース屋さんの仕事だったのですが、大きなプラスティックのケースに入れたジュースの中身の入れ替えをする仕事でした。今時そんなジュース、もう売っていませんよね。実はジュース屋ではこの他に騎手が使う、ガラナという興奮剤も扱っていました。市販されているガラナとは桁違いに効き目があるすごいドリンクでした。試しに飲んでみたことがあるのですがその日の夜は眠れませんでした。今のジョッキーも飲んでいるんですかね?まぁその時は中で働いていたので馬券は買いませんでした。
初めて馬券を買ったのは、たしか昭和63年のダービーでサクラチヨノオーとメジロアルダンで決まったと思います。これが当たってしまったのが間違い、いや楽しみの始まりだったのです。その後しばらくはG1だけしか買わなかったのですが、あまり当たらず平成2年菊花賞のメジロマックイーン、ホワイトストーンまで当たりませんでした。
そして年が明け、桜花賞、当時枠連しか無かったのですが、シスタートウショウ、ヤマノカサブランカの6-7を別に深く考えること無く500円買っていて、これが当たってしまい一気に嵌まってしまったのです。
競馬は儲かるかもしれない、この今考えれば危険な誘惑に簡単に嵌まり、翌週からせっせと場外に通う様になりました。ところが大穴なんてそんな簡単に出る訳も無いし、かりに出ても当たる訳も無く今度はほんで研究を始めました。
ところが競馬のハウトゥー本などは、当時は出目だとかサインだとかそんなのばっかりで初心者の私でも、そんなことがあるわけないだろ、と思っていました。そんな中ある1冊の本を何気なく買って読んでみました。これが高本公夫氏の『競馬で勝って歓喜する本』ーワニブックス、でした。高本氏はサインとかそういうので有名ですが、これは最初に高本氏が有名になって本で、次のようなことが書かれていました。
・競馬は興行であり、常に強い馬が勝つのでは興行は成り立たない。
・馬は動物だが、馬を操縦するのは車の運転くらいに人は自由にできる。
・競馬は馬主、生産者あってのもので、そういう経済的な対象として競馬を考えなさい。
と要するに、全てではないがレースは人為的に作られていると言うようなことが書いてありました。高本氏は根室の出身で、父が小さな地方競馬を主催していて、そういう観点からもこの考えをいろんな事例を挙げて証明していくという、そんな本でした。
例えば、
・抽選馬、共同馬主は大レースを勝てない
・小頭数は荒れる
・調教師、騎手は仲のいい同士はレース中も協力し合う
・大レースの日は馬券の売り上げが良くなる様に午前中に万馬券が出る
などなどで、調教師、騎手の人脈図も付いていました。
これは結構ショッキングでした。ただよくよく考えてみると、思い当たることも結構ありましたし、それなら研究すれば高配当が簡単に取れる様になるかもしれないと思いました。
それで競馬を単に馬の能力とかだけで考えず、もっと人為的な部分を中心に研究する様になったのです。すこし長くなりましたのでとりあえず今日はこんな所で。次回は、その研究が実際どうだったのかと、アンドリュー・ベイヤーの事を書きたいと思います。
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私の競馬との出会いは、本当に昔のテレビの観戦でいえばハイセイコーなのですが、(小学生でした)本当に競馬を生で感じたのは大学のときで、昭和57年に東京競馬場でジュース屋のバイトをした時です。当時私は府中に住んでいて、地元の友人の紹介でしばらくアルバイトをしていました。その時の競馬場は若い女性客などはいないに等しいくらいで、たま〜に家族連れがいるくらいでした。ジュース屋さんの仕事だったのですが、大きなプラスティックのケースに入れたジュースの中身の入れ替えをする仕事でした。今時そんなジュース、もう売っていませんよね。実はジュース屋ではこの他に騎手が使う、ガラナという興奮剤も扱っていました。市販されているガラナとは桁違いに効き目があるすごいドリンクでした。試しに飲んでみたことがあるのですがその日の夜は眠れませんでした。今のジョッキーも飲んでいるんですかね?まぁその時は中で働いていたので馬券は買いませんでした。
初めて馬券を買ったのは、たしか昭和63年のダービーでサクラチヨノオーとメジロアルダンで決まったと思います。これが当たってしまったのが間違い、いや楽しみの始まりだったのです。その後しばらくはG1だけしか買わなかったのですが、あまり当たらず平成2年菊花賞のメジロマックイーン、ホワイトストーンまで当たりませんでした。
そして年が明け、桜花賞、当時枠連しか無かったのですが、シスタートウショウ、ヤマノカサブランカの6-7を別に深く考えること無く500円買っていて、これが当たってしまい一気に嵌まってしまったのです。
競馬は儲かるかもしれない、この今考えれば危険な誘惑に簡単に嵌まり、翌週からせっせと場外に通う様になりました。ところが大穴なんてそんな簡単に出る訳も無いし、かりに出ても当たる訳も無く今度はほんで研究を始めました。
ところが競馬のハウトゥー本などは、当時は出目だとかサインだとかそんなのばっかりで初心者の私でも、そんなことがあるわけないだろ、と思っていました。そんな中ある1冊の本を何気なく買って読んでみました。これが高本公夫氏の『競馬で勝って歓喜する本』ーワニブックス、でした。高本氏はサインとかそういうので有名ですが、これは最初に高本氏が有名になって本で、次のようなことが書かれていました。
・競馬は興行であり、常に強い馬が勝つのでは興行は成り立たない。
・馬は動物だが、馬を操縦するのは車の運転くらいに人は自由にできる。
・競馬は馬主、生産者あってのもので、そういう経済的な対象として競馬を考えなさい。
と要するに、全てではないがレースは人為的に作られていると言うようなことが書いてありました。高本氏は根室の出身で、父が小さな地方競馬を主催していて、そういう観点からもこの考えをいろんな事例を挙げて証明していくという、そんな本でした。
例えば、
・抽選馬、共同馬主は大レースを勝てない
・小頭数は荒れる
・調教師、騎手は仲のいい同士はレース中も協力し合う
・大レースの日は馬券の売り上げが良くなる様に午前中に万馬券が出る
などなどで、調教師、騎手の人脈図も付いていました。
これは結構ショッキングでした。ただよくよく考えてみると、思い当たることも結構ありましたし、それなら研究すれば高配当が簡単に取れる様になるかもしれないと思いました。
それで競馬を単に馬の能力とかだけで考えず、もっと人為的な部分を中心に研究する様になったのです。すこし長くなりましたのでとりあえず今日はこんな所で。次回は、その研究が実際どうだったのかと、アンドリュー・ベイヤーの事を書きたいと思います。
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