競馬穴狙いの探求(中央競馬中心)

2019年現在競馬歴31年。原則穴狙いをしながら競馬を様々な面から研究。馬や騎手の能力はひじょうに大事ですが、あくまでも主催しているのは人間であり、経済的、興行的、そして人為的な側面も重要視しています。一つのファクターにこだわらないように考えています。

タイトル写真は2016年11月26日東京7R・芝2400m戦のスタート後の1コーナー付近の様子(撮影は当ブログ制作・管理者で転載・流用を禁止します)

2019年現在競馬歴31年、原則穴狙いです。けっこう無理やり穴をさがしたりもします。

このたびURLを急遽変更して、別のサイトに引っ越しました。
個人で単にレースの予想を定期的に掲載しているだけなので、私自身も全く事情はわかりません。自身も「寝耳に水」的な感じで、「え?何で?」と思いましたが、このように予想掲載できる設備があれば、個人的には満足なので深く考えずに、とりあえずそのようにしました。

新しいサイトは
「競馬穴狙いの探求2」(とほぼそのままですが・・・)です。

http://keiba-ananerai02.blog.jp/
上記リンクをご利用ください(URLがリンクになっています)
2020.2.1

穴馬

ブログネタ
競馬穴馬列伝 に参加中!
穴馬列伝の第二弾は取ったり、やられたりの馬です。
二頭が表題ですが、この両馬は1991年4月に東京競馬場4歳(現3歳)未勝利戦ダート1700mで対戦しています。
ゴールデンアイをご存知の方は多いと思いますが、タヤスジャッジ?
何だそれ?というのが本当のところだと思います。

桜花賞の大穴で味をしめ、立川のウィンズに通うようになってしまった私が最初に出会った穴的中レースでした。
ビギナーズラックではありませんが、味をしめた人間を待っているのは「どつぼ」です。
翌週からせっせと朝からウィンズに通い始めた私は。来るレース来るレース、すべてわけのわからない穴目を買い続けましたが、さっぱり当たりません。
今考えれば、当然なのですが、当時は枠連しかなくて大穴はそうそう出ませんでしたし、内容もろくに研究していないので仮に穴が出ても仕留めるなど至難の業だったのです。

そんな時、高本公夫氏のたしか「競馬が面白いように取れる〜」とかなんとかいう本を本屋さんで見つけ、買ってみました。
そこにはびっくりするような内容の話がたくさん出ていました。
ほかのギャンブルや実社会でもよくいわれることですが、列挙すると、
★競馬のレースは興行として作られている部分がある
★馬は動物だから偶然性が高いように思われているが、実は車を運転するくらいの感じでコントロールできる
★調教師や騎手は仲間や派閥がありレースにおいても協力関係がある
・・・などなどです。
実際に20年以上レースを見ていますが、上記の話は全部否定はしませんが、それ以前に馬にそれだけの能力がないとそんな芸当も出来ませんし、人間が主導しいる興行であることは事実なので、多少は人為的な部分があるとは思いますが、かなり乱暴な見解であるとは思いました。

ただ当時の私には新しい世界を見たような、新鮮な感動がひろがり、
「よし、そういうことも含め1レース、1レースを徹底的に研究してみよう」
ということになりました。

早速その週の競馬の新聞を購入すると、徹夜で研究を始めました。
特に日曜日のレースは土曜にゆっくり研究できるので厩舎の人間関係などまで事細かに検討しました。

それが表題の1991年4月28日東京1レースでした。
検討の結果人気薄で注目できる要素が浮かび上がった馬がタヤスジャッジでした。
そのレースは前走の内容からゴールデンアイが非常に有力だと思い、かなり人気でしたが、
タヤスジャッジの単勝、複勝、枠連1−8を500円ずつ購入しました。

タヤスジャッジは期待通り激走しました。
もしかしたら勝つのでは期待させるくらい最後まで頑張りました。
かなりきわどい勝負になりましたが、結局ゴールデンアイが勝ち、タヤスは2着でした。
タヤスの単勝も買っていた(たしか80倍くらいはついていた記憶があります)ので残念でしたが、枠連8990円をゲットすることが出来ました。

勝ったゴールデンアイは下級条件では強い馬でしたが、サーペンフロというあまりぱっとしない血統らしいので世間ではあまり注目されていなくて、あまり人気をかぶりませんでしたが順調に出世してオープン馬になりました。(血統はあまりくわしくないのであしからず)

おもにダート中心でしたが、芝の長距離や力のいる芝で切れ味のある馬が苦手な条件や消耗戦ではがぜん力を発揮しました。
特に、
★93年札幌日経オープン7番人気2着
★93年函館記念11番人気優勝
★93年天皇賞・秋17番人気4着
★95年中山金杯13番人気2着
★95年東京新聞杯5番人気優勝(雪のためダート変更でたしかグレードなし重賞扱いだったように記憶しています)
など地味ながらメジャーな舞台で渋い活躍をしてファンを楽しませてくれました。特に天皇賞の掲示板と金杯のサクラローレルとの大穴では世の中をあっと言わせました。

一方のタヤスジャッジは特に派手な活躍もせずにターフをさりました。
ところがそれからはるかたって、あるテレビ番組で偶然東北地方か何かの乗馬クラブのリポートがあって、何気なく見ているとそこで乗馬に使われていた馬の厩舎に名札がついていたのですが。
「タヤスジャッジ」と書いてあるではありませんか!
「おおっ」本当に驚きの声をあげてしまいました。
「元気に頑張っていたんだ」
けっこうな感動の瞬間でした。
この話もすでに十年以上前の話ですが・・。

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競馬穴馬列伝 に参加中!
競馬の魅力で大きなウェイトをしめるのが、思わぬ馬が突っ込んできて高配当を演出する、いわゆる「大穴」です。
このようにその場は騒がれても、競走馬としてはあまり日の目を見ることもなく忘れられてしまう、穴馬たちを自分の記憶をひも解いてご紹介していきたいと思います。
まず第一回は私が競馬に嵌ってしまったきっかけになった表題の馬です。
それまでは私もG1などしか買わないような、ごく一般的なファンでした。メジロアルダンやオグリキャップなどのスターホースが出るような大レースだけ皆と買って楽しんでいる程度でした。
1991年の第51回桜花賞もそんな感じで買ったレースでした。
このレースは当年ハイレベルといわれていた4歳(現3歳)牝馬のクラシック第一弾としてそれなりに話題になっていました。
レースでは抽選馬としては破格の強さをみせていた逃げ馬のイソノルーブルが人気で、それと互角の実力と評判の両血のスカーレットブーケ、あとノーザンドライバー、無敗でレースに臨むシスタートウショウ、それに勝負強いミルフォードスルーの5頭が抜けているという下馬評でした。

もとから穴目しか買うつもりがなかったので、あまり深く考えずに全く人気が無い馬が同居していた6枠と無敗のシスタートウショウの7枠の6−7、あと7−7などを適当に買いました。
6枠を買ったのも、実績があるわりに人気がなかったヤマヒサエオリアというもう一頭の馬に注目したからです。

当時はまだ枠連しかなかったのですが、人気が上位5頭に集中していて6−7は枠連でも200倍をこえるオッズになっていました。
立川の場外で馬券を買っていると、不意に「おい、おまえじゃねえか」と声をかけられました。
見ると会社の先輩でした。「お前はそんな穴買ってるんだ、へえ、まあ難しそうだな〜」と言いました。
実際自分でもこんなの来るわけないや、思っていました。

先輩と別れ、車で家に戻る途中で、レースの時間になってしまったので、何気なくラジオで実況を聞いていました。

と、一番人気のイソノルーブルが落鉄して発走が遅れます、とのアナウンスが入りました。
場内も大きくどよめいているのが放送でもわかるくらいでした。

そうこうしているうちにすぐ発走になりました。
レースはイソノルーブルが逃げて、ごく順調に進みました。
当年はいつもの阪神競馬場が改修中のため、京都競馬場で行われていました。
4コーナーをまわり他の有力馬が殺到してきたと実況になりました。
特にシスタートウショウの脚色が抜けているようで、この馬の名前をアナウンサーが連呼し始めました。
どうやら勝つのはシスタートウショウになりそうです。

「あ〜あ、また人気できまるな」
期待していたヤマヒサエオリアは全然だめで、あきらめかけたときです。

有力馬を押しのけて、一頭の馬が突っ込んできた、と実況がありました。
「ヤマノカサブランカが突っ込んできました」
いつのまにか馬群の中からこの馬があがってきて2着に届きそうな実況になりました。

そしてそのまま、ゴール。あれ?もしかして、ヤマノは6枠だったよな?

ということは、そうです。代用品で的中してしまったのです。
500円持っていたので、11万円くらいの当たりです。

これはすごい、「よし、来週から競馬をもっとやってみよう、面白そうだ!」
と、よくありがちなパターンで競馬にどんどん嵌っていったのです。

ヤマノカサブランカはその後オークス、クイーンSは凡走でしたが、秋になりトライアルのローズS,本番のエリザベス女王杯でともに2着に食込みました。
3番人気以内になることはありませんでした。5歳以降はまったく泣かず飛ばずでターフを去りました。

翌日会社に行くと、先輩がニヤニヤして近づいてきました。
「おい、取っただろ。黙っててやるから今日夜付き合え」
寿司屋でおごらされたのはいうまでもありません。

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